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沢村賞とは?選考基準7項目と歴代受賞投手をわかりやすく解説

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プロ野球で最も権威ある投手個人賞のひとつが「沢村賞(正式名称:沢村栄治賞)」です。

戦前に活躍した伝説の投手・沢村栄治の名を冠した賞で、1947年の創設以来、日本プロ野球を代表する先発投手が選出されてきました。

この記事では、沢村賞の概要・メジャーのサイ・ヤング賞との違い・選考基準7項目・歴代受賞者の一覧と主な記録をわかりやすく解説します。

沢村賞とは

沢村賞(正式名称:沢村栄治賞)は、読売新聞社が制定し、沢村賞選考委員会が受賞者を決定する投手個人賞です。

現在はセ・パ両リーグを通じて、その年に最も優れた先発完投型の本格派投手を原則1名選出します。該当者なしとなる年や、2名が同時受賞する年もあります。

1947年の創設当時は1リーグ制でした。1950年に2リーグ制へ移行してから1988年まではセ・リーグ投手のみが対象で、1989年からパ・リーグを含む両リーグの投手が選考対象となっています。先発完投型の投手を対象とする賞であるため、救援登板を主とする中継ぎ・抑え投手は受賞対象として想定されていません。

賞の名前の由来である沢村栄治は、1917年に三重県で生まれ、戦前の東京巨人軍(現・読売ジャイアンツ)で活躍した投手です。1934年の日米野球では、ベーブ・ルースやルー・ゲーリッグらを擁する全米選抜を相手に9三振を奪い、8回5安打1失点と快投しました。試合には0-1で敗れましたが、その投球は現在も伝説として語り継がれています。

沢村は1944年に3度目の応召を受け、同年12月2日に戦死しました。享年27歳です。その功績を顕彰するため、1947年に沢村賞が創設されました。

メジャーのサイ・ヤング賞との違い

メジャーリーグのサイ・ヤング賞(Cy Young Award)は、1956年に創設された最優秀投手賞です。

1956年から1966年まではMLB全体から1名が選ばれていましたが、1967年以降はアメリカン・リーグとナショナル・リーグから原則1名ずつ選出されています。全米野球記者協会(BBWAA)の投票によって決定され、先発投手だけでなくリリーフ投手も選考対象です。

一方の沢村賞は、現在はセ・パ両リーグを合わせて原則1名を選び、選考委員会による審査で決定します。先発完投型投手を想定した選考基準が設定されている点も、サイ・ヤング賞との大きな違いです。沢村賞は1947年に創設されており、サイ・ヤング賞より9年早く設けられました。

項目沢村賞サイ・ヤング賞
創設年1947年1956年
現在の対象セ・パ両リーグから原則1名AL・NLから原則1名ずつ
選考方法選考委員会による審査BBWAAの投票
想定する投手先発完投型投手先発・リリーフを問わない
制度の変遷1989年から両リーグ対象1967年からリーグ別表彰

受賞の特典

沢村賞の受賞者には金杯と副賞300万円が贈られます。日本プロ野球屈指の伝統を持つ投手個人賞であり、複数回の受賞者は球史を代表するエースとして高く評価されています。

該当者なしの年もある

沢村賞は、選考委員会が受賞にふさわしい投手がいないと判断した場合、「該当者なし」となります。1947年の創設から2025年までに、1971年・1980年・1984年・2000年・2019年・2024年の計6回、該当者なしとなりました。

各年の選考事情は異なります。2019年は最終候補となった山口俊と有原航平がそれぞれ7基準中4項目を満たしていましたが、受賞には至りませんでした。2024年も複数の投手が候補に挙がりましたが、選考委員会は突出した成績を残した投手がいないと判断し、受賞者を一本化できなかったことから、該当者なしとなっています。

分業制や投手の登板間隔管理が進む現代野球では、完投数・投球回数の基準を満たす投手が減少しており、近年の「該当者なし」の一因となっています。

選考基準

沢村賞の選考に際しては、7つの数値指標が基準として設けられています。これらはあくまでも参考指標であり、すべての項目をクリアしなければ受賞できないわけではありません。選考委員会が複数の投手の成績を総合的に審査し、最も優れた先発投手を決定します。

なお、7つの基準とは別に、2018年から「先発で7回以上を投げ、自責点3以下」に抑えた試合の割合を示す日本版クオリティー・スタートの達成率も、補足的な参考項目として考慮されています。

2025年の受賞者・伊藤大海(北海道日本ハムファイターズ)は、当時の7基準のうち登板数・勝率・奪三振の3項目をクリアしました。基準を満たしたのは3項目でしたが、登板数・完投数・勝利数・投球回数・奪三振数の5部門に加え、補足項目の日本版クオリティー・スタート数でも両リーグトップまたはトップタイとなったことなどが評価され、初受賞が決まりました。これは基準があくまでもガイドラインであることを示す代表的な例です。

また、分業制が定着した現代野球の実情に合わせ、基準はこれまでに段階的な改定を経ています。2026年からは完投数が10から8へ、投球回数が200から180へと引き下げられ、現在の基準となっています。

基準項目2025年までの旧基準2026年以降の現行基準
登板数25試合以上25試合以上
完投数10完投以上8完投以上
勝利数15勝以上15勝以上
勝率.600以上.600以上
投球回数200回以上180回以上
奪三振150奪三振以上150奪三振以上
防御率2.50以下2.50以下

登板数

現行基準は25試合以上です。先発ローテーションの柱として、シーズンを通じて安定して登板することを求める指標です。

7項目のなかでは比較的到達者が出やすい基準ですが、シーズンを通じて先発ローテーションを守り続ける必要があります。

勝利数

現行基準は15勝以上です。勝利数はチームの打線援護や守備・救援投手の貢献にも左右されるため、個人の投球内容だけでコントロールできる指標ではありません。

それでも15勝は先発投手として高い水準にあることを示す目安のひとつです。

完投数

完投とは、先発投手が途中で交代せず、試合終了まで投げ切ることで、現行基準は8完投以上です。

2025年までは10完投以上でしたが、投手分業制や登板間隔の変化を踏まえ、2026年から基準が引き下げられました。それでも分業制が進んだ現代プロ野球では達成難度の高い項目のひとつです。

勝率

現行基準は.600以上です。シーズンを通じた安定した投球内容を間接的に示す指標ですが、打線援護の多寡で変動するため、選考委員会は勝率のみで判断するわけではありません。

投球回数

現行基準は180イニング以上です。2025年までは200イニング以上でしたが、2026年から基準が引き下げられています。

シーズンを通じた投球量を示す指標で、完投数とともに分業制が定着した現代野球では達成が難しい傾向があります。

奪三振

現行基準は150奪三振以上です。先発投手としての球威・制球・変化球の質が伴っていなければ積み上がらない指標で、投手の力量を示す目安のひとつです。

登板数と投球回数が伴えば到達しやすい一面もあり、7項目のなかでは比較的クリアされやすい基準です。

防御率

現行基準は2.50以下です。1試合(9イニング)あたりの自責点を示す防御率が、2.50以下であることが求められます。投球内容の質を直接表す、先発投手の代表的な評価指標です。

歴代沢村賞受賞者

1947年から2025年までの歴代受賞者を一覧にまとめました。「該当者なし」の年はその旨を記載しています。球団名は受賞当時の名称をもとに、一般的な略称で記載しています。

年度受賞者所属球団年度受賞者所属球団
1947年別所昭南海1987年桑田真澄巨人
1948年中尾碩志巨人1988年大野豊広島
1949年藤本英雄巨人1989年斎藤雅樹巨人
1950年真田重男松竹1990年野茂英雄近鉄
1951年杉下茂名古屋1991年佐々岡真司広島
1952年杉下茂名古屋1992年石井丈裕西武
1953年大友工巨人1993年今中慎二中日
1954年杉下茂中日1994年山本昌広中日
1955年別所毅彦巨人1995年斎藤雅樹巨人
1956年金田正一国鉄1996年斎藤雅樹巨人
1957年金田正一国鉄1997年西口文也西武
1958年金田正一国鉄1998年川崎憲次郎ヤクルト
1959年村山実大阪1999年上原浩治巨人
1960年堀本律雄巨人2000年該当者なし
1961年権藤博中日2001年松坂大輔西武
1962年小山正明阪神2002年上原浩治巨人
1963年伊藤芳明巨人2003年井川慶・斉藤和巳阪神・ダイエー
1964年G.バッキー阪神2004年川上憲伸中日
1965年村山実阪神2005年杉内俊哉ソフトバンク
1966年村山実・堀内恒夫阪神・巨人2006年斉藤和巳ソフトバンク
1967年小川健太郎中日2007年ダルビッシュ有日本ハム
1968年江夏豊阪神2008年岩隈久志楽天
1969年高橋一三巨人2009年涌井秀章西武
1970年平松政次大洋2010年前田健太広島
1971年該当者なし2011年田中将大楽天
1972年堀内恒夫巨人2012年攝津正ソフトバンク
1973年高橋一三巨人2013年田中将大楽天
1974年星野仙一中日2014年金子千尋オリックス
1975年外木場義郎広島2015年前田健太広島
1976年池谷公二郎広島2016年K.ジョンソン広島
1977年小林繁巨人2017年菅野智之巨人
1978年松岡弘ヤクルト2018年菅野智之巨人
1979年小林繁阪神2019年該当者なし
1980年該当者なし2020年大野雄大中日
1981年西本聖巨人2021年山本由伸オリックス
1982年北別府学広島2022年山本由伸オリックス
1983年遠藤一彦大洋2023年山本由伸オリックス
1984年該当者なし2024年該当者なし
1985年小松辰雄中日2025年伊藤大海日本ハム
1986年北別府学広島

沢村賞に関する主な記録

沢村賞に関する記録についてご紹介します。

複数回受賞者

2025年シーズン終了時点で、3回以上の受賞者は以下の5名です。

投手名受賞回数受賞年所属球団(受賞時)
金田正一3回1956・1957・1958年(3年連続)国鉄スワローズ
杉下茂3回1951・1952・1954年名古屋ドラゴンズ・中日ドラゴンズ
村山実3回1959・1965・1966年大阪タイガース・阪神タイガース
斎藤雅樹3回1989・1995・1996年読売ジャイアンツ
山本由伸3回2021・2022・2023年(3年連続)オリックス・バファローズ

2回受賞者には、堀内恒夫・高橋一三・小林繁・北別府学・上原浩治・斉藤和巳・前田健太・田中将大・菅野智之らがいます。

また、1947年に「別所昭」として南海で受賞し、1955年に「別所毅彦」として巨人で受賞した別所毅彦も通算2度の受賞者です(受賞後に改名)。

1966年には村山実(阪神)と堀内恒夫(巨人)が、2003年には井川慶(阪神)と斉藤和巳(ダイエー)が同時受賞しています。いずれも甲乙つけがたい好成績が並んだ年です。

外国人の受賞者

2025年シーズン終了時点で、外国人投手の受賞は史上2例のみです。

投手名受賞年所属球団備考
ジーン・バッキー1964年阪神タイガース外国人投手として初の受賞
クリス・ジョンソン2016年広島東洋カープ外国人投手として52年ぶり2人目の受賞

外国人投手の受賞例は非常に少なく、1964年のジーン・バッキーが初受賞してから2016年のクリス・ジョンソン(広島)が受賞するまで52年間の空白がありました。

沢村賞投手を輩出していない球団

現存する12球団の系譜のなかで、2025年シーズン終了時点まで一度も沢村賞受賞者を輩出していないのは、千葉ロッテマリーンズ(前身の毎日オリオンズ・大毎オリオンズ・東京オリオンズ・ロッテ・オリオンズを含む)のみです。

ロッテ系の球団は、前身の毎日オリオンズが1950年の第1回日本シリーズを制したほか、1974年・2005年・2010年にも日本一となっています。

日本一は球団通算4度ですが、沢村賞受賞者はこれまで一人も出ていません。現存12球団唯一の「沢村賞未輩出球団」として知られています。