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プロ野球の永久欠番一覧!球団ごとの選手と背番号の意味を解説

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プロ野球では、球団に特別な功績を残した選手らをたたえ、その背番号を通常の選手・監督・コーチへ原則として割り当てない「永久欠番」という制度があります。

永久欠番となった番号は、球団の歴史を静かに語り続けるシンボルです。この記事では、永久欠番の意味・歴史・基準を整理したうえで、NPB12球団の永久欠番を一覧でまとめます。

永久欠番とは

永久欠番とは、功績をたたえる人物やファンのために、特定の背番号を通常の選手・監督・コーチへ原則として割り当てない球団独自の制度です。

永久欠番に指定された番号は球団内での割り当て対象から外れ、その人物の功績とともに長く記憶されます。

永久欠番の歴史

日本プロ野球で最初の永久欠番が制定されたのは1947年、読売ジャイアンツによるものです。

戦時中に出征し戦死した投手・沢村栄治の「14」番と、病死した外野手・黒沢俊夫の「4」番が同時に制定されました。この2人の背番号が、日本プロ野球における永久欠番の起源です。

その後、巨人が1960年代から70年代にかけて制定を重ね、セ・リーグの他球団も1980年代までに主要な選手の背番号を永久欠番化していきました。

パ・リーグでは制定の動きが比較的遅く、現在も正式な永久欠番制度を持たない球団が複数あります。選手を対象とした近年の例では、広島東洋カープが2016年に黒田博樹の背番号15を永久欠番に制定しています。

永久欠番の基準

永久欠番の制定基準はNPB全体では統一されておらず、各球団が独自の判断で決定します。

一般的に考慮される要素は以下のとおりです。

  • その球団での突出した成績(タイトル獲得・記録更新など)
  • 長年にわたる球団への貢献
  • ファンの記憶に深く刻まれた存在感
  • 野球の歴史に残る偉業や功績

選手以外の人物に制定される例もあります。北海道日本ハムファイターズは元オーナーの大社義規の「100」番を、東北楽天ゴールデンイーグルスはファンを代表する「10」番と監督だった星野仙一の「77」番を永久欠番としています。

準永久欠番との違い

「準永久欠番」は、NPBが定めた公式の統一制度名ではなく、長期間使われていない番号や、ふさわしい後継者だけに継承する番号を便宜的に表す言葉です。

球団によって扱いは異なり、DeNAの「横浜ナンバー」のように球団が継承方針を正式に発表している場合と、慣習的に使用していない場合があります。

項目永久欠番準永久欠番
使用原則として使用不可ふさわしい後継者への継承可
趣旨功績を永久に保存する功績を後継者へ引き継ぐ
球団の対応正式に制定・発表球団により正式発表または慣習運用

2026年現在、東京ヤクルト・横浜DeNA・福岡ソフトバンク・オリックスには、球団が公式に永久欠番と明記している背番号はありません。千葉ロッテでは、26番をファン専用の番号として欠番運用しています。

球団別永久欠番一覧

NPB12球団の永久欠番を球団ごとにまとめました。

球団が公式に永久欠番と明記している番号がない場合は、継承番号・長期間使用されていない番号・ファン専用番号など、特別な意味を持つ背番号も合わせて紹介します。

読売ジャイアンツ

NPBで最多となる6つの永久欠番を持つ球団です。1947年に日本初の永久欠番を制定した球団でもあり、長嶋茂雄(3番)と王貞治(1番)の「ON」コンビはいまなお球団の象徴として語り継がれています。

背番号選手名制定年
1王貞治1989年
3長嶋茂雄1974年
4黒沢俊夫1947年
14沢村栄治1947年
16川上哲治1965年
34金田正一1970年

阪神タイガース

「ミスタータイガース」と呼ばれた藤村富美男が1958年に最初の永久欠番に指定されました。3人とも球団の歴史において別格の存在として語られる選手で、それぞれ異なる時代に球団を支えました。

背番号選手名制定年
10藤村富美男1958年
11村山実1972年
23吉田義男1987年

東京ヤクルトスワローズ

2026年現在、球団が公式に永久欠番と明記している背番号はありません。「1」番は「ミスタースワローズ」と呼ばれる球団の中心選手へ受け継がれてきた象徴的な番号です。

「27」番は古田敦也から中村悠平へと引き継がれた、正捕手を象徴する番号です。どちらも欠番ではなく、球団を代表する選手が引き継ぐ「継承番号」として位置づけられています。

背番号主な系譜現在の着用者
1若松勉、池山隆寛、岩村明憲、青木宣親など山田哲人
27古田敦也中村悠平

広島東洋カープ

黄金期を支えた山本浩二・衣笠祥雄の2人に加え、2016年に黒田博樹の背番号15を永久欠番に制定しました。黒田は2016年シーズン限りで現役を引退しており、引退と同じ年に永久欠番化が決まった例です。

背番号選手名制定年
3衣笠祥雄1987年
8山本浩二1986年
15黒田博樹2016年

横浜DeNAベイスターズ

2026年現在、球団が公式に永久欠番と明記している背番号はありません。三浦大輔の引退後、背番号18は「横浜ナンバー」としてふさわしい後継者が現れるまで欠番となりました。その後、2022年から小園健太が継承しており、現在は空き番号ではありません。

背番号ゆかりの選手現在の状況
18三浦大輔2022年から小園健太が継承

中日ドラゴンズ

どちらも球団草創期を支えた名選手で、他球団と比べ早い時期に制定されています。西沢道夫は打者・投手の両方で活躍した球団の顔的存在で、現在も球団史に名を刻む存在です。

背番号選手名制定年
10服部受弘1958年
15西沢道夫1958年

福岡ソフトバンクホークス

2026年現在、球団が公式に永久欠番と明記している背番号はありません。藤井将雄はダイエー時代の2000年に31歳で亡くなった投手です。背番号15は藤井が着用したのを最後に長年にわたって未使用となっており、球団が敬意を示し続けている特別な番号です。

背番号元選手名現在の状況
15藤井将雄長年未使用の特別な番号

オリックス・バファローズ

球団が公式に永久欠番と明記した背番号はありません。イチローの背番号51は一般に準永久欠番とみなされており、2026年現在も空き番号となっています。イチローは1992年から2000年まで在籍し、7年連続首位打者を獲得した球団の象徴的存在です。

背番号元選手名現在の状況
51イチロー2026年現在は未使用

北海道日本ハムファイターズ

球団が公式に永久欠番と明記しているのは、元オーナーの大社義規に制定された「100」番のみです。ダルビッシュ有と大谷翔平が着用した背番号11は一般に特別な番号とみなされており、2026年現在は空き番号となっています。

背番号名義種別・状況
100大社義規(元オーナー)永久欠番
11ダルビッシュ有・大谷翔平2026年現在は未使用

埼玉西武ライオンズ

「神様・仏様・稲尾様」と呼ばれた名投手・稲尾和久の「24」番が永久欠番です。稲尾は西鉄ライオンズ(現・西武の前身球団)時代に活躍し、2007年に逝去。没後5年が経った2012年、背番号24が永久欠番として制定されました。

背番号選手名制定年
24稲尾和久2012年

千葉ロッテマリーンズ

2026年現在、球団が選手や監督の永久欠番と明記している背番号はありませんが、「26」番がファン専用の番号として事実上の欠番扱いとなっています。

かつて一軍のベンチ入り選手が25人だったことから、ファンをチームの「26番目の選手」と位置づけたものです。公式ファンクラブの名称「TEAM26」にも、この考え方が反映されています。

背番号名義現在の状況
26マリーンズファン2005年からファン専用番号として欠番

東北楽天ゴールデンイーグルス

球団創設時の2004年に、ファンへの感謝を込めて「10」番をファンの番号として永久欠番化しました。また、2013年に球団初の日本一を達成した際の監督・星野仙一の「77」番も、星野の逝去後に永久欠番として制定されています。

背番号名義制定年
10東北楽天ゴールデンイーグルスファン2004年
77星野仙一(元監督)2018年

永久欠番に関するよくある質問

永久欠番についてよく寄せられる疑問を2つまとめました。

永久欠番はどうすれば制定される?

NPB全体での統一基準はなく、制定するかどうかは各球団が独自に判断します。

一般的には、突出した実績・長年の貢献・ファンへの影響力などが総合的に考慮されます。制定のタイミングも球団によって異なり、引退後すぐに制定される場合もあれば、数年後や没後に追贈されるケースもあります。

また、楽天の星野仙一(監督)や日本ハムの大社義規(オーナー)のように、選手以外の人物に制定される例も存在します。

永久欠番が多いチームはどこ?

NPBで最も永久欠番の数が多いのは読売ジャイアンツで6つです。

次いで阪神タイガースと広島東洋カープがそれぞれ3つを持ちます。パ・リーグでは日本ハム・西武・楽天に球団が明示する永久欠番があります。これに加え、千葉ロッテは26番をファン専用の番号として欠番運用しています。

球団永久欠番数・扱い
読売ジャイアンツ6
阪神タイガース3
広島東洋カープ3
中日ドラゴンズ2
東北楽天ゴールデンイーグルス2
埼玉西武ライオンズ1
北海道日本ハムファイターズ1(オーナー名義)
千葉ロッテマリーンズファン専用番号26を欠番運用
東京ヤクルトスワローズ0(継承番号制)
横浜DeNAベイスターズ0
福岡ソフトバンクホークス0
オリックス・バファローズ0